この前、福島県知事(前)が逮捕されたと思ったら、今度は和歌山県知事が引責辞任。これも、「談合」が発端となったものだけど、この手の話は、いつまでたってもなくならない。
そりゃぁ、そうだよね。だってさ、その方が仕事が早くできるし、お互いに無駄な血(赤字)を流さずに済むし、本来であれば、もっとお金がなくちゃできないような事業でも、なんとか続けられるし。
確かに、国民の感情とすれば、「税金を無駄に使うんぢゃねぇ!」とかいう気持ちも十分にある。だけど、それを請け負う会社からしてみれば、「何でお国の為に赤字を背負わなくちゃならんのぢゃ!」という気持ちもあるわけで。
どんな事業でも多かれ少なかれ、成立した予算(国・地方を問わず)ってのは、時の事情に応じて、実際に執行するときには、多くなってしまっていたり、少なくなってしまっていたりすることがあるもんだと思う。
それは、やはり、2年先の事業がどの程度経費がかかるか?ということを「どれだけ当てられるか?」ということに尽きるんだろうけど、やること(事業)の内容によっては大きく外れる(プラス・マイナス問わず)ことがなくならないわけですよ。
そうすると、国・地方としては「やる」ってことを決めたのに「お金が少ないからやめます」なんてのは、絶対に言いたくないわけだよね。面子にかけて。
んで、そうなると、もともと、その事業を担当する最有力の会社が呼び出されて、「結局これしか予算がないんだけど、何とかしてくれないかなぁ・・・」とか言われちゃうわけで。
そう来られると、「ここで断ると、次から話がなくなるかも・・・」っていう恐れから、「へぇっ、何とか致しやしょっ!」って答えることになるんだよね。多分。
それで、この次が大事な点。「でもね、うちの会社としても厳しいんですよ、この予算ぢゃ。なので、次の事業の時にちょいと色をつけていただくと、助かるんでげすがねぇ・・・」という科白が付け足されるんでしょう、多分。
こういう会話がなされた上で、国・地方からしてみれば、事業はしっかりとやれるし、請け負う会社からみても、当年度はやや赤字が出るかもしれないけど、次の事業で回収できる、という構造ができあがって、双方にメリットが生じてくるわけで。
これってね、こういう世界って、普通の生活の中でもあるんじゃないか?って思うんですよ。良い例えが浮かばないけど。いわゆる「必要悪」なのではないかと。
ただ、こういうやり取りの中で、「私的流用」に繋がる贈収賄があると、大きな問題だろうけど。
最近のコメント